憂国の檄・声明文集

読みやすくする為、旧字体などは修正しました。
安田善次郎刺殺事件
大正10年9月28日。朝日平吾氏が安田善次郎氏を刺殺した時の斬奸状と死の叫び声。

無名烈士の遺書
大正13年5月31日。アメリカの新移民法排日条項の削除を求めて米大使館前にて自決。黒竜会等が必死に身元を調べたが、結局身元不明。

黒竜会関西支部
昭和3年4月。黒竜会関西支部の檄。

五・一五事件
昭和7年5月15日。海軍青年将校たちが起こしたクーデター。その檄文。

二・ニ六事件
昭和11年2月26日。昭和維新を目指す皇道派青年将校たちが起こしたクーデター。その決起趣意書。

全国同胞に檄す
昭和12年4月。大日本生産党等、8団体の檄。

日共書記長徳田球一殺人未遂事件
昭和23年7月17日。日本反共連盟の古賀一郎が共産党徳田書記長にダイナマイトを投げつけた事件。

全日本愛国者団体会議
昭和34年。第1回大会を前に、全国の右翼団体、活動家のもとに飛ばした檄。

河野一郎邸焼き討ち事件
昭和38年7月15日。野村秋介氏が河野邸焼き討ちをしたときの糾弾状。

楯の会(三島)事件
昭和45年11月25日。楯の会の三島由紀夫氏、森田必勝氏、小川正洋氏、小賀正義氏、古賀浩靖氏の5人が市ヶ谷の自衛隊東部総監部を占拠。三島氏と森田氏は自決。その三島事件の時の檄文。

経団連襲撃事件
昭和52年3月3日。野村秋介氏、伊藤好雄氏、西尾俊一氏、森田忠明氏ら4人が経団連に立て篭もった事件。その檄文。

神戸米国領事館放火事件
昭和56年12月8日。日本民族独立義勇軍が神戸米国領事館にたいまつを投げ込んだ事件。その時の声明と糾弾文。

横浜元米軍住宅放火事件
昭和57年5月6日。日本民族独立義勇軍が横浜元米軍住宅を放火。

大阪ソ連領事館火炎瓶襲撃事件
昭和58年5月27日。日本民族独立義勇軍が大阪ソ連領事館を襲撃。

朝日新聞東京・名古屋本社放火事件
昭和58年8月13日。日本民族独立義勇軍が朝日新聞東京・名古屋本社に放火。

対ソ糾弾文
昭和58年8月15日。日本民族独立義勇軍がソ連に対して糾弾。

統一戦線義勇軍中央委員会声明
昭和58年8月15日。統一戦線義勇軍が日本民族独立義勇軍を賞賛する檄。

住友不動産会長宅襲撃事件
昭和62年1月13日。蜷川正大氏、中台一雄氏、針谷大輔氏ら3名が住友不動産会長・安藤太郎邸に篭城した事件。その時の抗議文。

朝日新聞東京本社発砲事件
昭和62年1月24日。日本民族独立義勇軍別動赤報隊が、朝日新聞東京本社に発砲。

朝日新聞阪神支局襲撃事件
昭和62年5月3日。赤報隊が朝日新聞阪神支局を襲撃。

朝日新聞名古屋本社寮襲撃事件
昭和62年9月24日。赤報隊が朝日新聞名古屋本社寮を襲撃。

朝日新聞静岡支局爆弾設置事件
昭和63年3月11日。この時に、昭和62年2月27日の中曽根元首相暗殺未遂も公表。

リクルート前会長宅襲撃事件
昭和63年8月10日。江福リクルート前会長宅を襲撃。

名古屋・韓国人会館放火事件
平成2年5月17日。赤報隊が名古屋の韓国人会館を襲撃し放火。

友よ荒野を走れ
平成3年4月20日。「友よ荒野を走れ」(二十一世紀書院)にある檄文。日付は発行日。

自民党本部占拠事件
平成4年2月11日。相原修氏が金権腐敗亡国政党自由民主党の解散・道義国家再建を唱えて自民党本部を占拠。

天の怒りか、地の声か
平成5年10月20日。野村秋介氏がシンポジウムに集まった全国の同志に向けて書いたもの。この日、野村秋介氏は自決した。

東京証券取引所立て篭もり事件
平成10年1月13日。板垣哲雄氏が金融ビッグバーンに反対して東京証券取引所に立て篭もる。その時の声明文。

NHK京都放送局篭城事件
平成14年1月18日。山本功氏がNHK京都放送局に篭城し、「全国ニュースで声明文を流せ」「小泉首相と電話をさせろ」と要求。

国会前乗用車炎上事件
平成16年9月30日。福祉政策研究会代表長谷川光良氏が国会通用門で乗用車を炎上させ、北朝鮮拉致問題の政府の対応に不満を訴えた。

大成建設銃撃事件
平成16年11月1日。国学院大学3年生、大行社・時局対策実行委員会副委員長の木川智氏が北朝鮮の拉致犯罪、戦後ポツダム体制の打倒を訴え、『大手ゼネコン訪朝団』幹事の大成建設を銃撃。

明治神宮外山宮司邸襲撃事件
平成17年2月26日。一水会横山孝平書記長が明治神宮外山宮司の不敬誤記事件後の対応等の明治神宮の現状を憂い、外山宮司邸を襲撃。

原爆碑損壊事件
平成17年7月26日。誠臣塾の嶋津丈夫氏が原爆慰霊碑と呼ばれている碑の碑文「過ちは」という文字にハンマーとのみで傷をつけて自首。事件前に広島市長・広島県知事、各マスコミに声明文を送付。

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