黒竜会関西支部

黒竜会関西支部長  吉田益三

共産主義の大陰謀が未前に発覚された事は寔に国家の慶事であったけれ共、その計劃が系統あり組織ある団体によって支持されると同時にその実行が言論と出版物とに依らずして直接行動に出でんとしたるその事実は、尠く共彼等主義者の戦闘行為が愈々暴力革命の形式を択ぶようになった事を証明される、彼等は幾度か大胆にも新聞と雑誌とを通じ直接又は間接に宣戦の布告をしたものであった、而して時流に迎合すべく焦慮する多敷の言論機関は軽薄にもその主張を宣揚し兇徒を推称した為に一面彼等の自負心を挑発すると共に他面彼等背後の赤魔を刺激し、遂に忌むべく恐る可き今回の大陰謀を醸成せしむるに至った事は今更乍ら我等の慨歎して止む能はざる所である。
自らの国家を顛覆し自らの社会を破壊せんと迄に信奉する「マルクス」主義若くは「レーニン」主義 は果してどれ丈の価値あるものであろう乎。
列国の政府は悉く起ってその思想の普及を排撃しその運動の瀰蔓を圧迫している、而してまた実際経済の研究者として世界の権威者たる英国の「キーンス」は「マルクス」を評して時代後れの経済教科書にして科学的に誤謬あるのみならず、現代に興味も応用すべき点もなしとご克つ破して居る、既に労農露国に於てすら新経済政策新々経済政策の発表と為って主義の真髄は変改され、剛頑なる「レーニン」すら新経済政策は共産主義の一時退却なるを告白して居る、共産主義が現存国家の構成を否認し世界を縦断して労働団体の統一を劃したる根本義も今や悉く国家支持の政策と変じ階級擁護を標榜したる赤衛軍は国家擁護の軍体と化し商工業の国営も漸くにして小商工の経営を奨励し、土地の私有を変則にして小作制度の復旧を計り、利権を提供して外資を仰く等、今の労農政府の為す所は共産主義の実行に非ずして破壊したる旧態の復興を営むに過ぎないのである、何の為の革命ぞ何の為の破壊ぞ抑も亦何の為の虐殺ぞや唯一部少数の主義者と之に雷同したる無頼の徒を幸するが為に億兆生霊は有史以来嘗て見ざりし大悲劇に遭逢したのである。
露国に於ける全共産党員は僅に一百萬人に過ぎない、乍併彼等は実に一種の宗教の如くその宣傅使は傅道師として世界の各国に派遣されその教義を普及せんと企てつつあるのである、而してその方法は陰謀と革命とによって成功せらるるものとし、必ず至る所に動乱を捲起し虚に乗じて現存制度を根本より転覆せんとするのである、理を以って推し順を追って進まんとするでなく、有ゆる陰謀の下に一大破壊を即行せんとするのである、一切を暴力革命に依って決せんとするのである、而して彼等の為に呪はれたる国家こそは実に非常な災難で苟くも些の間隙あらば渦を捲いた毒瓦斯はその室内に吹き込まれ有ゆる生物は悉く地上に昏倒して仕舞うのである、即ち「ゼヂュート」教育が目的の為には手段を択ばずとして至る所に叛逆を興し教義普及が常に辛竦陰謀の戦術に依って就されしと同義である、唯夫れ人を惑はすものは必ず人心の不安に乗じ、社会を擾すものは先づ現態の欠陥を覗う、我等は彼等がその兇暴を擅にせんとするのを見ては退て自己を反省する必要があると思う。信仰の無い社会は放縦に流れる、規律の無い民衆は強暴に陥る今や貧富の懸隔が愈激しく、餓えて食なく病むで薬なき窮民は日を追って益々その数を増して行く計りである、而も之に対する救済の途は何方にも開かれて居ない為に、人心は安きに就かんとして而して得る能はざる寧ろ当然である、而してまた形に於て斯民を安んぜしむべき政治家もなく、心に於て斯民を安んぜしむべき宗教家もないのである、邦家は今止まる所を知らざる急速度を以て千仞の懸崖に近つきつつあるのである。之を救うの策は果して何であろう乎。
階級闘争と云う事は普選以来所謂無産党の人々によって普く一般に聞かされた標語であるけれ共彼等の所謂階級闘争による勝利が果してよくこの社会の欠点を補填し大衆の痛苦を排除し得べき結果を齎すであろう乎。彼等の云う如く少数富豪や特権階級の傀儡たる政府を転覆し得る事に依って政府権が彼等無産党の掌裡に帰する事に依って果して国家が隆盛に社会が幸福になるであろう乎。
云う迄もなく闘争によって他人を屈服する快感は他人の屈辱を誘致する征服による権勢は圧力に反比して反発する、之を高所より見る時は唯不幸を転じた迄である、悲哀を置き換えたに過ぎないのである。階級闘争は社会を永久に混乱せしむるものであるから闘争なき和親によって進歩と福利を齎らすことが即ち我等の努めなければならない所ではない乎、これ歴史と民俗とを特異にする我大和民族我日本国民の就て択まざるべからざる途であるまい乎。
外国の歴史は凡てが闘争の歴史である、統治は征服被征服の結果であり憲法は権力推移の現象による相互権限の協定に過ぎない、個人本位の拡張が階級利益の擁護と為り、労働時間の制限の如きも偏に奴隷解放の延長と心得られる、君臣の大義が国家歴史の真髄であり家族制度が社会組織の基本を為す我日本帝国とは絶対的の相違を為すのである、上下和親し一家共楽する事によって国家の精華が発揮され社会の安寧が保維される、之を以て我国風と為す矣。資本家の独立し得ざる如く労働者も独立し得ざるものであり相闘い相敵するに及んでは業廃し事荒む、その率を高めても却てその実を乏うするものである、協力和親して始めてその国は富みその民は栄う。その親和があったならば財界衰振の如きも断じて人の産を破り人の業を失はしむる迄に立到らずして済むであろう。
粒々辛苦を集積して茲に国家の歳入となる、不急のものを支出し不要のものを計劃すべからざるは無論であるが而もまた国家必要の施設を放棄可すからざるは当然の義である苟くも一片の私心と私情を挟むなんくば何を以てか特に積消両極の字義を争うの要あらんや。夫れ政治を為すものは上御一人に対し奉り下兆民に向って至誠己れを持せばそれで善いのである滔々たる今日果してその人ありや否や。然るに現代我国人は皮相の文化に心酔し驕奢風を為し軽佻事に当って居る、惟うに国家にしてその歴史を軽んずるものは亡び社会にしてその民習を賤むものは衰う共産主義者が陰謀ある所以のものは蓋しこの大なる間隙がある為である。而して我等は数年来国難来を絶叫して居るではない乎殊に南支に於ける赤魔の恐怖すべき陰謀とその災害とを目撃し幾度か我国人を警戒するにつとめて居たではない乎。今や彼等の魔手は伸長され赤裸々に実行運動の第一歩として我等の眼前に展開されたのである、普選を機として乗出して来たのである若し心なくして彼等を謳歌し彼等を煽動したるものありとすれば退いて自ら責め自ら戒めなければならない、暴力革命が国家の敵であると同時に社会共同の敵である事は云う迄もない次第であるから我等は断乎としてこの危険なる分子を絶滅し将来我等の社会から再び斯る兇暴なる思想と行為とを苟くも考え苟くも行わんとするものを防過しなければならいこれ我等が茲に天下に檄し国民の自省と自戒とを警告し迫り来る国難に対し身を以て之に当らんとする同憂の士の決起を促す所以である。
    昭和3年4月

黒竜会関西支部

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