東拘日記「赤き野火」2月
2/1 火曜日 晴れ 寒し
終日、手紙と読書。手紙は昨日の手紙の返信。読書は『吉田松陰』。
お笑い芸人のビビル大木は吉田松陰を尊敬しているらしいが、その気持ちはよく分かるなあ。“気一本”“剛直”のその心には頭が下がる。
また下田での渡海が失敗し、小伝馬町へ送られ、そこから松蔭は故郷の長州藩の「野山獄」へ入るのだが、そこでのエピソードがまたハンパない。松蔭は囚一人一人の長所や得意分野を見つけ、その分野の“講師”にし、“勉強会”を獄中でやってしまうのだ。すなわち、囚のなかで昔俳句をかじった者がいれば、その人を俳句の先生にし、みんなで俳句を学ぶ、ということである。
一人ひとりの心にある善なる部分を掘り起こし、立派な日本人にする。松下村塾に象徴される松蔭の『草莽崛起』の精神がよく現われている話である。
草莽崛起――すなわち“ハートに火をつけろ!”である。僕もこれをやらにゃならん。ハートに火をつけにゃならん。
「士規七則」(松蔭が従弟に贈った訓戒)
一、凡て生まれた人たれば、よろしく人の禽獣に異る所以を知るべし。けだし人には五倫あり。しかして君臣父子を最も大いなりとす。故に人の人たる所以は、忠孝を本となす。
一、およそ皇国に生まれては、よろしくわが宇内の尊き所以を知るべし。けだし、皇朝は万葉一統にして、邦の国士夫、世々禄位を襲ぐ。人民は民を養いて祖業を継ぎたまい、臣民は君に忠にして父志を継ぐ。君臣一体、忠孝一致なるは、ただわが国において然りとなす。
一、士の道は義より大なるは莫し。義は勇によりて行なわれ、勇は義によりて長ず。
一、士の行いは質実にして欺かざるをもって要となし、巧詐にして過を戈るをもって恥となす。公明正大、みなこれより出づ。
一、人、古今に通ぜず、聖覧を師とせざれば、すなわち鄙夫のみ。書を読み手尚友とするは君子の事なり。
一、徳をなし材を達するには、師恩友益多きに居り、故に君子は交游をつつしむ。
一、死して後止むの4字は、言簡にして義にひろし、堅忍果結、確乎として抜くべからざるものはこれをおきて術なきなり。
右士規七則、約して三端となす。曰く、志を立てて万事の源となし、交を択びて仁義の行いを輔け、書を読みて聖覧の訓えをかんがう。士、まことに、ここに得ることならば、又もって成人となすべし。
2/2 水曜日 晴れ 寒し
数年ぶりの大寒波が訪れているとのこと。確かに寒い一日であった。総括がなかなか上手くいかない。疲れた。
2/3 木曜日 晴れ 暖かし 風強し
昨日にうってかわって暖かい一日。
「あたたかい」って「温かい」と「暖かい」のどっちが正しいのだろうか。
頭が軽い、座らない一日。とりとめのないこと、どうしようもないことをあれこれかんがえてしまう。
考え始めると何も手がつかなくなる。
吉田松陰のように生きたい。
2/4 金曜日 晴れ 暖かし
最悪なる一日。終わってる。
2/5 土曜日 晴れ 暖かし
昨日からイヤなことばかり起きている。これから一週間ぐらい、筋トレ、坐禅、日記難しいかもしれない。
弱音はいいたくないけど…、もうダメかもしれない。やってゆける自信がない。部長と話し合いしなきゃ。
『丸山眞男 音楽の対話』なる本を読み始める。丸山先生が大のクラシック好きなのは有名だが、この本は丸山先生を“クラシック音楽”という点から照射し、研究するというもの。一生懸命読もう。
「ならぬ堪忍、するが堪忍」
2/6 日曜日 晴れ 暖かし
もうダメポ――と弱音を吐くな。中野雄『丸山眞男 音楽の対話』読了す。
丸山はクラシックの“執拗低音”というものでもって我が国精神史の特徴を説明する。
儒教が入れば儒教文化が花咲き、仏教が入れば仏教文化が花咲く我が国精神史は、一見すればオリジナリティーのない文化・精神であるが、実は違う。一貫して独自の文化・精神がある。丸山はそれを「古層」と名付け、クラシックの“執拗低音”のようなものだという。
すなわち、いろんな音色が聴こえ、バラバラのようだが、実は独自の音色が一貫して流れており、聴こえる様々な音色は独自の音色をベースに流れている。いろんな音色とは儒仏など他の文化・精神、独自の音色とは我が国独自の文化・精神(古層)のこと。我が国独自の文化・精神が“執拗低音”(ベース音)として延々と流れているのが我が国の精神史だというわけだ。
また丸山は己の仕事である思想史家の仕事を、クラシックの演奏家の仕事に例をとり、論ずる。
演奏家はあくまで譜面をなぞらねばならない。けれどそれだけでは勿論ダメで、作曲者の魂を復活・表現させねばならないし、自分なりに表現しなければならない。譜面をなぞらねばならぬという拘束と受動性、魂の復活・再現と自分なりに表現という非拘束と能動性。演奏家の仕事にはこういった相矛盾するものがある。
では思想史家は――。思想史家の仕事もこれと同じなのである。
現実の思想や思想の歴史から外れる事は出来ないわけで、拘束され、働きかけられながらも、思想や思想の歴史を読み取り、自分なりに表現し、新たに息吹を吹き込むという、非拘束、能動性が思想史家の仕事にはあるのだ。
丸山のクラシック好きの理由はこの辺りにもあるかもしれない。
2/7 月曜日 晴れ 時々曇り 暖かし
昨日の夜、いつも通りその日の出来事をまとめて日記を書こうとしたが、何か上手く書けなかったからヤメた。で、結局、今(2月8日の朝)、書いている。
日曜の夜、丸川さんより「明日行く」との電報が届き、昨日午後、面会。3ヶ月ぶり。実に3ヶ月ぶりなり。
電報が届いた時は何か面映ゆい感じがしたが、面会室に入り丸川さんの顔を見た途端、やはりウルっとなってしまった。面会室へ行く廊下で「泣くか?」「泣くまい」と自問自答していたが、やはり3ヶ月ぶりに会うと普通ではいられないらしい。時間にして15分。「元気か?」「元気そうだな」「早く帰ってくるんだぞ」との言葉。僕も「はい、元気です」「出来るだけ早く帰ります」ぐらいの返事。わずか15分の、他愛のない会話。しかしこんな深い15分はない。こんな深い会話はない。この拘禁生活というのは、なかなか日常を非日常の意味あるものにしてくれるらしい。三島文学みたい。
面会後、お風呂。舎下げで『わが生涯』の下巻が入ってきたので読み始める。今は10月の革命のあたり。やはりちょっとうぬぼれ屋さんだな、この人。でもそれは仕方ないといえば仕方ない。スターリズムとの闘争、第四インター運動の創出というトロツキーを取り巻く状況を考えれば、この本が「自分はレーニンの後継者である」というような主張を陰に陽にするのも、まあ、理解できる。
しかしあれだな、こういう本を読むと勇気付けられる。留置でパレスチナ解放運動の闘士がイスラエルの刑務所で獄中何十年とかだけど全然元気で、PLOの議長選に出馬するっていう新聞記事を読んだ時も、勇気付けられたものだ。
就寝前、丸川さんとの面会を振り返る。
「自分の世界を創れ」「創った自分の世界に周りの者をどんどん巻き込め」
――そうだ、これをやらなきゃ。松陰先生の“草莽崛起”とも相通じるものがある。どこに飛ばされるかしらんが、8年間ありがたく修行し、己の“世界”を創ろう。
2/8 火曜日 雨 寒し
終日雨なり。寒い一日。午後、荒岩君と面会。実に3ヶ月ぶりだ。つもる話もあるけど、時間も短いし、係りの人もいるし、なかなか思うような話は出来ない。
上手く話をしようと、面会のときは舎房から面会室へ行くまで、あれこれ考える。「わざわざ来てくれたお礼をしなきゃ」「外の状況を聞かないとな」「ばーちゃんの体の具合はどうかな」
――そう考えながら面会室へ行くが、結局思ったことの3分の1も話せず、世間話なんかして終わってしまう。
だからといって無益な時間じゃけしてない。面会時間15分、面会室で交わす会話、それはただの15分であり、ただの会話だが、外じゃ決して味わえないものだ。輝かしい時間、輝かしい会話、そして輝かしい俺の生がそこにある。
留置の時もそうだった。弁護士を通して伝わってくる外の状況に、時には胸躍らせて、時には憤慨して、あるいは親や友のことを思い涙した。疾風怒涛、身は囚われながらも心は走り続けた、素晴らしい時間だった。
スターリンが放った暗殺者から逃げ続けるも、結局トロツキーは最後殺される。その直前、トロツキーは
「人生は美しい。生きるに値するものだ」
といったそうだ。俺は今、この言葉がよく理解できる。
輝かしい、美しい俺の生が、今、ここにある。人の心の温かさもそうだ。俺を支えてくれるみんなのまごころ、温かさ、ありがたみを痛いほど感じる。けれどもだ、俺は最近それが悲しい。面会の15分、あるいは会話、皆からの差し入れ、手紙、全てが輝かしい。美しく感じる。しかしそれが逆にたまらなく悲しく思う。
だってそうじゃないか。シャバにいればそんなことこれっぽちも思わない。しかし獄に入り、こういう状況になると、全てが輝かしく、美しく感じる。人の心の温かみを感じられる。けれどもそれはこういう状況にならなきゃ気づかないという事なんだ。
三島の文学でもあったな。戦争中の恋仲同士の話。恋仲同士が会う。そして「また明日会おう」と約束する。けれど明日本当に会えるかどうかはわからない。戦争中である。明日どころか今日の命さえわからないのだ。だからこそ恋仲がたまらなく愛しくなる。恋仲と一緒にいる一瞬を大切にしようと思う。しかし戦争が終わればどうか。今日、会う。明日。会う約束をする。だが戦争は終わったのだ。明日必ず会える。恋仲は明日まで必ず生きている。いや、明日どころではない。明後日も会える。来週も会える1年後も必ず会える。10年後も間違いなく会える――。ここで恋は終わってしまう。
悲しいではないか。障壁や制限や終末がないと、恋も成立せず、生も輝かず、人の心の温かみも感じられないのだ。
しかし俺は今、輝かしい、美しい人生を送っている。悲しいが、紛れもない輝かしい美しい俺の生だ。懸命に走り抜けるしかないと思う。…何だか『金閣寺』みたいになってしまった。少し疲れたみたいだ。今日はもう寝よう。
「止まれ、お前はあまりにも美しい」(『ファウスト』)
人の子のかなしみは深しされど友よ
国の子われら雄々しく耐へなむ
影山正治
2/9 水曜日 晴れ 暖かし
寒い←→暖かい 冷たい←→温かい
――ということだそうだ。気になって調べた。明日から直そう。
◎注釈:いままで「温かい」と記していたのを「暖かい」に校正していました。
午後、旧友三人と面会。8年後の再会を期す。連日、友より手紙や面会がある。丸川氏、荒岩君などからの差し入れもあった。本当にありがたいことである。面会、手紙、差し入れということをモティーフに句をひねっている。3句。推敲し、完成させよう。
青年讃歌――
短き命逍遥と行けば維新か牢獄か
銀河が蒼く澄む夜に友よ涙をするなかれ
国のためには剣あり友のためには涙あり
見よ雄渾の夏雲を友よ悲憤を秘むるべし
2/10 木曜日 晴れのち曇り 暖かし
まだまだ寒さ厳しいけれども、立春を迎え、春を感じられる日が続く。日も延びた。空気も暖かい。すごく新鮮で気持ちがいい毎日だ。
俳句に「冬尽く」という季語がある。“もう冬も終わり”という喜びに満ちたちょうどこの時季を指す季語だ。「春隣り」という季語もある。冬が終わり、春は隣まで近づいたんだ。そう、冬は終わり、春は隣にあるんだ!
本日も差し入れ、手紙、面会など、多々あり。感謝感謝。
2/11 金曜日 建国記念日・紀元節 晴れ 暖かし
2665回目の紀元節。国の誕生を祝うとともに、我が国建国の理念を知ろう。
2/12 土曜日 晴れ 暖かし
昼は本当に暖かい毎日である。
今日は司馬遼太郎の命日「菜の花忌」だそうで、新聞も司馬遼太郎の特集をやっていた。『項羽と劉邦』『燃えよ剣』『関が原』などなど、この人の本は結構読んだ。でもこの人の講演集とかエッセイはあまり好きじゃない。
右翼は感情で革命を考え、左翼は理論で革命を考える――花田清輝はこういったが、違うと思う。“情”と“理”の位置構造が並列的なのか“上部構造と土台”といったものなのかの違いはあれども、“情”と“理”は切り離せない。その“情”と“理”を自覚的に統合した地平が主義者であり、その営為が思想だと思う。
そうなってくると、司馬遼太郎の“情”と“理”は何だろ?
2/14 月曜日 バレンタイン 晴れ 暖かし
空気の冷たい一日。天気はとてもいいんだけど。
午前中、両親と面会。母いわく「東拘のくれないかしら。そうしたら智と毎日会えるのに。」
面会後、証拠品の還付ということで野口さんや新宿署の面々と会う。久しぶりに楽しい会話。しかし野口さんには迷惑かけた。
午後、チョコの差し入れ、がんちゃんからは『プレイボーイ』と『アサヒ芸能』の差し入れ。どういうことやねん!夕食時、チョコが出る。官から。ありがたし…?
2/15 火曜日 晴れ 暖かし
本日運動。いい天気で、少し動くと暑いぐらい。獄庭も乾き砂埃が舞っている。まるで春疾風が吹いているかのよう。
運動で同年代の青年と話す。結構な事やってきて、俺より長い務めになるだろうが、なかなかいい青年なり。草莽崛起だな。
午後、丸川氏と面会。あまり心配するな。ありがたい話だ。
2/16 水曜日 雨 寒し
午前、旧友3人と面会。面会室の職員さんの温情もあって、しばし交談。東京観光して帰れよ、といって別れる。
友の情に感謝。面会室の職員さんの度量に敬礼!
夕方、手紙とチョコの差し入れが入る。チョコは純ちゃんから。一足遅れのバレンタイン?男にもらってもねえ、ははは。
2/17 木曜日 曇りのち晴れ 暖かし
午前、旧友2人と面会。1人はすさまじいことになっていた。さすがホストやっているだけある。まあ、それもまた道なり。タカちゃんよりお金の差し入れ。感謝!
手紙、何通か書く。東拘のなかでの限られた楽しみの一つ。手紙ってシャバじゃ全然書かないけど、いいものよ。
今日の運動であの青年と話せなかった。う〜ん、残念。まあ、仕方がない。そういう日もあるさ。
夜、ラジオから「群青」が流れる。しばし聞き入る。
2/18 金曜日 曇り 寒し
午前、面会。菅野さん、仲程さん、檜垣さんの3人。菅野さん、泣いていたよ。
泣かないで欲しい。何を泣く事がありますか。全然気にしてませんよ。僕自身の闘いだったんだ。
パっと務めて、ササッと帰還する。心配しないで下さい。
午後、菅野さんたちにより、差し入れ。お花とお菓子。またM善よりお金の差し入れ。ありがとう。内川さんと小針さんから手紙も届く。
「随処作主 立処皆眞」
2/19 土曜日 雨 寒し
一日雨。イヤだイヤだ。
雨が降って湿度が上がると、結露し、壁がぬれる。ヘタすると結露した壁に夜寝ていると布団があたり、ビッショリということもある。
午後、蜷川さんより手紙。
2/20 日曜日 曇り 寒し
細々とした書きもので一日終わる。非生産的な日が続くなあ。
明日は運動の日なり。あの青年と会えるか?少し深い話をしてみて、中身をはかってみるつもり。山本玄峰か誰かが「10分つきあえば人となりがわかる」とかいったがそこまではいかないが、2〜3回つっこんだ話をしてみれば私もおおよそ相手の人となりはわかる。そして2〜3回話をしてみて、うん、と思える人とは一生の付き合いになる。そういう人は、もう一生話をしていても楽しいし、勉強になるからだ。
「男子、7日会わざれば刮目すべし」(?)とかいう言葉がある。常になんだ。常に道を求め、進歩しているから、長い付き合いになる。
私は少しでも多くそういう人と出会い、付き合ってゆきたいが、そのためにはまず自分を磨かねばならぬ。何故ならば、私はそういう人と出会うため、むむ、と思った人にはすかさずチェックを入れているが、「そういう人と出会いたい」と思っている人は勿論私以外にもいるわけで、私もチェックされているかもしれない。2〜3回の会話で人となりがわかってしまう。だから常に気をみなぎらせ、言動や行動に気をはらい、刮目されるようにならなきゃいかん。
一瞬である。長い人生の中で2〜3回の会話なんて本当に一瞬である。しかしその一瞬で出会いは決まる。しかもその出会いは自分の人生を左右させることもあるのだ。
一瞬なんだ。真剣による斬りあいのごとくだ。閃光のような一瞬で生死が決定される真剣による斬りあいのように、気をみなぎらせ、日々生きてゆく必要がある。
2/21 月曜日 晴れ 寒し
午前、公判用文書下書き、清書。まあ、こんなものだろうという出来具合。
午後、内川さん、小針さん面会。「懲役なんてどうってことないよ」とのこと。楽しい一時。またM善からガテ届く。すこし深いことが書いてある。しばらくこの手紙と向き合ってみるつもり。
ところで今日、あの青年、運動に出てこなかった。残念!
2/22 火曜日 晴れ 寒し
お風呂。公判前日ゆえ、助かる。また、床屋も。ありがたい。
内川さん、小針さんより差し入れ届く。菅野さんからは連日お花の差入れ届く。昨日、木蓮、今日はチューリップ。てゆうか、今、凄い。花だらけ。カーネーションやらランもある。種類はわからないけどあと2〜3種類あるし。
また本日、松尾さんの面会あり。安心して務めてきなさい、とのこと。ふむ。
2/23 水曜日 晴れ 暖かし 春一番
第二回公判終了。今日で結審。全てが終わったという事。判決を待つのみ。
今日は最終弁論、最終陳述を行なう。詳しくは又後日記したいと思うが、どちらかというと公判は書面でのやりとりが主で、僕の“犯行”の“動機”なども全て書面にまとめて提出してある。だから公判で「YP体制が〜」とかはない。傍聴の人とかはどうも誤解するらしい。
傍聴といえば、あまりよく見えなかったが野口さん(公安三課のダンナ)、丸川さん、松尾さんなど結構来ていた。丸川さん、松尾さんなどは大丈夫だろうが若き未だ見ぬ傍聴席にいた同志たちは、僕の公判戦術、そしてそれによる今日の最終弁論は、もしかしたら失望の感を持ったかもしれない。それもやむを得ないだろう。けれどもまたこれも後日記すが、これには深いわけがある。わかってくれとはいわぬが、わかろうとしてもらえれば、と思う。
還房後手紙や差し入れ類、大量に入る。蜷川さんより手紙。松尾さんよりお見舞金。菅野さんよりお花。本日はバラなり。「レコン」も入った。“声明”直してあった。もうちょっと大きく取り扱えよ、と文句をいってみる。ボケ、が。
頼んでいた本も入る。『丸山眞男と平泉澄』丸山と平泉の思考・思想は類型として似ている、とのこと。疲れているのか、頭に入らない。必死でマーカーをひく。
今日は春一番が吹いたとのこと。どうりで暖かいわけだ。護送車から眺める街は穏やかだったもんな。
そういえば今日のお昼はウナギだった。春だからか?殿下のお誕生日だからか?
――何てことを考えながら、今日はもう寝る。
2/24 木曜日 晴れ時々曇り 寒し
午前、両親と面会。昨日の公判の反省会。両親いわく、「難しくてよくわかんなかった」とのこと。さすが。明日、M善など来るとのこと。
午後、読書と手紙。
公判についてだけど、どう説明し、記したらいいんだろうか。
ともかく「ウソ、偽りのない公判廷にする」というのが大前提である。法が私をどのように裁こうと、私自身の思想や行為とは何ら関係がないのであって、判決は気にせず、淡々と自分の当時の考えと現在の心境を述べる。
ただし「ウソ偽りのない〜」というのは、検察側にもいえるのであって、検察の主張の誤りとは徹底的に闘う。
こういった方針で、先生と相談しながら進めてきた。とりあえず悔いはない。
…何か上手くまとまらん。
2/25 金曜日 雪のち曇り 寒し
朝、お風呂。
お風呂上り、すぐ面会。面会室に行くまでがメチャクチャ寒い。また風邪っぽくなったよ。
それはともかく、面会はM善とM宏。公判について聞いてみたら、「まあ、よかったんじゃないの」とのこと。参考にならんよ、ははは。
午後、手紙多数届く。両親、丸川氏渡邉氏などなど。
渡邉氏いわく、「…獄中者はそこにいるだけで親不孝ものです」「大兄も知っての通り、小生は都合5年半もの間獄に坐しました。当時20歳そこらで親分や組幹部の事件の後始末を小生1人で責任を負ったという若さ故の気概もあり今更となって自分自身の未熟さを痛感してます」「…獄中が長くなる者が必ずなる病気として人と触れ合いが下手くそになることがあります。…官や愚にも付かぬ周囲などと、つまらぬトラブルはせず、人生の達人として務め早く社会復帰してください」とのこと。
丸川氏は「…こちら側を主体とすれば、常に客観の目から測り、社会のある程度の実態を見極めて欲しい」「人は皆苦しみ、人渾身の悩みの中にあるが、それは単に光を求め、闇から抜け出そうとしているだけだろう。兄はこの事件により、一瞬の輝きを見たが、直ぐに闇に閉ざされてしまう。しかし、その行為は光を求めたのではなく、兄自身が光となったものに他ならない。そう。光は自身の内にしかないということだ。」「…一瞬の輝きを失わないためにも、兄の理想とする高天原を短い間に実現しなければならない。それこそが兄の使命であって、今後再び囹圄の身に落ちるのは許されないだろう」と。
――何も俺がいうことはない。
2/26 土曜日 2・26義挙の日 晴れのち曇り 寒し
手紙の返事、読書をして過ごす。
しかし拘置所の休日はつまらんのよ。
『丸山眞男と平泉澄』を読むと同時に、夏目漱石『三四郎』再読。前は角川文庫で読んだが、差入れなので新潮文庫版で読む。新潮だと柄谷行人が解説をしている。
柄谷のいっていることをまとめると、
“近代文学”の見地から漱石を読み、『それから』以降を評価し、それ以前を『それから』に至る前段階・萌芽的作品と読むのは誤りである。
『猫』『漾虚集』などの作品は確かに“近代小説”とは質を異にするものであるが、けれども漱石は『余が「草枕」』のなかで、“近代小説”に異を唱え、また『猫』『漾虚集』などの作品がたて続けに書かれ一つの作品群を成していることを考えれば、そこに漱石のある意図を感じるべきで、それらの作品を“近代小説”の見地から見てはいけない。とした時、『猫』『漾虚集』の結合的・統一的内容を持つ『三四郎』は、『それから』『門』の前段階・萌芽的“内容”である作品、すなわち“おとった”作品なのではない。内容こそ構造的に単純だが、それが逆にリアリティを持ち、所期の漱石の言語空間で生き続けている。
とのこと。
要するに、『三四郎』は青春小説の古典として愛されてきたのであり、それでいいのだ、ということ。違うか?まあ、いいや。
しかしそうなると、我が皇国の尖兵さんの意見が正しいってことだ。すげえぜ。
2/27 日曜日 快晴 寒し
空気はヒヤッとするも、とてもいい天気。雲一つない快晴である。
のんびり手紙を書き、読書をして過ごす。いい感じ。
菅野さんが入れてくれたユリがキレイに咲いている。
拳銃を持って寮を出た瞬間。
新宿へと向かう山手線の車中。
降る雨。
朝の新宿駅。
時間つぶしで立ち寄った喫茶店のモーニング・コーヒーの味。
センター・ビルの入口。
18階の男子トイレで遊底を引いた瞬間。
左腹に拳銃を差し込みエレベーターへ乗り込む。
大成建設総合受付。
腹から拳銃を引き抜く。
グリップを握る。
トリガーを引く。
――やめよう。前を見なきゃ。
昨日、荒岩君へ手紙を書く。変な事書いちゃったな。余計なお世話なことを、ダラダラ書いてしまった。まあ、しかしね、俺のことはムリすんなってこと。ウチの人間とも、ムリしてつきあうこともない。荒岩君には荒岩君の道があるからね。
2/28 月曜日 快晴 暖かし
今日もいい天気。空気も暖かい。昼前、両親と面会だったが、面会室に行く途中の渡り廊下なんて、全く春めいていた。もう3月だもんな。
今日の朝日新聞朝刊に「明治神宮宮司宅襲撃、右翼幹部逮捕」とあった。あの宮司はかなり問題があるので事件自体はいつかは起こると思っていたが、やった人は誰?気になります。
しかし日が延びたものだ。この時間(午後5時30分)でも全然明るい。光陰空しくするなかれ。
去年の今頃は暗かったなあ――。
渡邉さんより、忠明先生発行の合同歌集『長城』差し入れ入る。そのなかに、渡邉さんより僕への歌10首がおさめられている。いくつか書き出してみる。
世の人よ聴け銃声は学生の国を憂ふる声無き声ぞ
獄に坐し天下の書斎に籠るのも我慢するのも男の子の道で
先人も我も学びし獄庭に達人となれ誰よりも待つ
言の葉は了りぬ梅花凛々と――とにかく早く出てくる事、それが僕に出来る、そして僕がしなければいけないお礼だと思う。
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