東拘日記「赤き野火」3月

3/1 火曜日 晴れ時々曇り 暖かし
昨日、朝日新聞夕刊に、「富士ゼロックス会長宅 郵送銃弾、ドイツ製」とあった。記事には続いて、1月19日、小林陽太郎富士ゼロックス会長宅に銃弾が郵送された事件で、その銃弾はドイツ製の32口径の実弾で、警視庁公安部では犯人逮捕の手がかりとして調べている、とのこと。また昨年12月31日未明に小林会長宅へ火炎瓶が投げ込まれた事件で、小林会長宅の防犯ビデオに炎が上がる瞬間が映っていた、とのこと。
実は僕もシャバにいた頃、国賊小林陽太郎の自宅(目黒区柿の木坂)へ街宣かけに行った事があるが、いよいよ始まったなという感じがする。ウチもそうだが、青維共全体で取り組んでいた問題だ。烽火は上がった。YP体制打倒に反中共闘争の闘いの火蓋は切って落とされたのだ。
私の予想であるが、中共の走狗・国賊小林との闘い、大局的にはYP体制打倒に反中共闘争は、ヒット・エンド・ランのゲリラ戦が主だろう。例外的には、何人かの若き同志が愁思と使命感をつのらせ決起するかもしれないが、今回の銃弾郵送事件のように、ゲリラ戦が主である。敵はあまりに巨大なのだ。それこそ毛沢東の如く、各地に根拠地を作り、出撃し、帰還する。そのなかで、敵に確実な打撃を与え、国民の思想的覚醒を促し、着実に勝利してゆく。この戦闘方式でこそ、勝利がある。
 私たちもこれから闘われるYP体制打倒に反中共闘争に断固として連帯し、その効果を10倍にも100倍にもしてゆくため、身近なところから中共の問題を提起するなど、自分自身の戦線で戦い抜くことが求められている。
 夕方、荒岩君より手紙届く。なかなかいいこと書いてあるが、一水会横山書記長逮捕と記されていて驚いた。昨日の明治神宮宮司襲撃は横山書記長が行為したのだという。
 夜、一水会本部へ電報送る。

3/2 水曜日 晴れ 暖かし
 さっそく横山さんへ手紙出す。以下、全文写す。
 同志横山よ、君の行為は戦後日本の腐敗をえぐり、神州の真姿を顕現したものであり、我は断固支持し、同志的連帯を宣言する。
 同志横山よ、“理”には“情”の裏づけがあるとするならば、“外”は“内”、“行為”はすなわち“思い”といえよう。とした時、神を恐れぬ輩に神を恐れる神州の民が天誅を下したという君の行為の裏側にある、君の情、内、思いは、まさに神を恐れず金こそ全てと信ずる“感性の死”を迎えた者への、神州の民の、魂の爆発の如き怒りと涙であったはずだ。
 同志横山よ、これから君に降りかかるであろう弾圧は、しかし君をさらに成長させるものになる。
 同士横山よ、共に闘おう!そして勝利しよう!
 というものである。頑張れ横山さん! 負けるな!
 午後、荒岩君へ手紙の下書き。明日、清書。26日に書いた手紙は、やっぱり出すのはよそう。
 手紙の後は読書。何故か共産党の機関誌「前衛」を読む。不破議長の論文「21世紀『資本論』のすすめ」は、なかなかわかりやすくてよい。マーカーをひいたところを写しておく。
 マルクスの経済学は、資本主義を、社会の「一時的な発展段階」とみます。
 現在の資本主義社会も日本の歴史、世界の歴史の1つの通過点としてみる、これが『資本論』における資本主義社会の見方だ、ということです。
 社会の生活の内容と水準は、社会の発展と共に変動するもので、労働者階級の生活の絶対的な水準が前向きに改善されたとしても、資本の側での富の蓄積がそれ以上に大きくなれば社会的格差は増大します。
 などなど。
 社会主義、共産主義に対する私の思想的立場はともかく、1つの体系をここまでかみ砕いて説明できるという事には、単純に凄いと思う。
 『資本論』、マルクス経済学というものは、社会交替という見地から資本主義を分析・解明するものであるのだから、金のためなら神様などどうでもいい、なんていうこんな狂った資本主義社会の今だからこそ、もっともっとビビットに輝いていいと、私は思う。

3/3 木曜日 桃の節句 晴時々曇り 寒し
 昼前、旧友3人と面会、わざわざ来てくれる、その心が嬉しいじゃないか。
 横山書記長の詳細を記した電報も届く。成城署に拘留中との事。
 電報にはまた、4月中旬ごろ、僕の支援集会が開かれるとの事。民革、新橋、川崎、神奈川、湘南・相模原、相模、名古屋、大阪の各グループが大きな動きを企図している話は丸川氏より伝えられているが、その話のことだろうか?いづれにせよその思いがありがたいのである。
 午後、渡邊氏へ手紙書く。
 渡邊氏は、僕へ、「誰よりも待つ」と歌ってくれた。しかし渡邊氏が「待つ」と歌ってくれた木川智は、もういないかもしれない。
 公判など、事後闘争の事だ。
 不甲斐なく思われているかもしれない。いや、渡邊氏だけじゃない、他にも僕の事後闘争のあり方を情けなく思っている人はいるだろう。
 しかし僕には僕の考えがある。1人で事を起こしたのだ。責任は僕1人だけにあり、事態も僕1人で収束っせねばならない。とした時、責任のとれない、1人で片付けられない法廷闘争など事後闘争はするべきではない。ケツは持てないのだ。
 勿論、僕自身反省するところもある。両親・家族への思いもある。
 そういったことをトータルに考えた結果、一旦全て清算し、早期の社会復帰を目指す路線で進むことにした。
 悔いはない。
 自分で決めた事だ。これでいいと信じている。
 「待つ」べき木川智はもういないかもしれない。けれども「待つ」の言葉の大きさを信じ、早く帰ってくるつもりだ。

3/4 金曜日 雪 寒し
 本日、大雪なり。雪ん子(信州人は自らをこう呼ぶ)の僕としては特に深い感慨もなければ何もないのだが、ニュースなどに触れる限り、都民の皆様はだいぶパニックに陥っているようだ。
 まあ、正直、今の僕には関係のない話。
 けれども「関係ない」と物事を捨てる態度は、唾棄すべきことだ。こと社会的事象と縁遠い獄中だからこそ、常に心は広く、視線は高くあるべき。いわんや僕は政治犯なり。
 といっても余計なプライドを持っているわけではない。
 刑事責任がある。
 自分なりの反省もある。
 それらを包括して“我”を保つ事が大事なのだろう。
 松尾芭蕉は「高く心を悟りて、俗に帰るべし」といった。けだし至言なり。  身はどん底に、心は天に。
 その真ん中にいるのが僕だ。
 誰からも手紙もなければ面会もない1日であった。
 見捨てられたのか――。
 バカなことを考えてしまう。情けない限りだ。手紙も面会も許されていなかった接見禁止処分を受けていたのは、ついこの前の話ではないか。
 美は一度限り。
 僕の美は、もう終わったのかもしれない。

3/5 土曜日 晴れ 寒し
 過去は歩んだ道。未来は歩むべき道。
 歩んだ道は明るく、進むべき道は暗い。
 どこに進むべきか、先に何があるのか、誰にもわからない。
 だから人間は、遠い道の向こうに火矢を放つ。そして着弾した火矢の炎を目印に歩み始める。
 遠く向こうに放たれる火矢。
 着弾し、燃え上がる炎。
 そう。それは志、夢、目標と言う己の未来像。未来像は燃え上がり、進むべき、歩むべき道を照らす。
 未来像への歩むべき距離。
 待ち受ける試練。
 全てを見つめ、人間は歩む。
 昨日にうってかわって晴れ。しかし寒い。何だかなあな1日。
 ヨン様ファンは韓国では白眼視。
姜尚中にとって“在日”は免罪符。
 ゆとり教育で学力崩壊。
 あまり知られていないソシュール言語学。
 なんだかなあな1日である。

3/6 日曜日 曇り 寒し
 漱石『三四郎』読了す。
 「矛盾だ」の三四郎の言葉。しかし一体何がどう“矛盾”なのか、三四郎は問わない。この断定、紋切り、飛躍、熱情が三四郎の青春であり、『三四郎』が青春小説たる所以だ――すなわち「矛盾だから矛盾だ」
 三四郎が矛盾を問い始める。それはもはや青春ではない。老いである。
 事実、老いた三四郎は『それから』の中で矛盾を問う。答えを出そうとする。そこでの三四郎は、多くの言葉、説明、論理を用いる。
 そこに疾風の如き断定、紋切り、飛躍、熱情はない。
 青春は終わったのだ――。
 『豊饒の海』の世界。
 『金閣寺』の世界。
 疾風の如き熱情は終わりを告げ、僕は生きようと思った。
 美は一度限りだ。
 誰もが憧憬する青春。それは美に違いない。
 青春は二度と訪れない。
 そこに我々は美を感じるのだろう。
 青春という疾風の如き熱情が美で、11月1日の僕の行為がそれにあてはまるとするならば、もう二度と僕に美はない。
 今の僕は、美は消滅し、熱情は枯れはてた、抜け殻のような、人形のようなものだ。
チャイコフスキー「弦楽セレナーデ」。
 旋律に魂が拡散する。

3/7 月曜日 晴れ 寒し
 昼前、両親と面会。
今までで1番いい面会だったような気がする。
早く出なきゃいけないと思う。

3/8 火曜日 晴れ 寒し
 昼前、荒岩君と面会す。
 前回の面会は2月の最初であったから、約1ヶ月ぶりか。
 今回は僕が主に話をさせてもらった。公判のこと、弁護士のこと、行為のこと、などなど。いづれにせよ今の僕は抜け殻のようなものであり、そんな僕を無理して支える事はないぞ、ということ。
 比較的まとまりある話が出来たと思う。
 わざわざ仕事を半日休んで来てくれたんだ、有意義な時間にしなきゃ。
 ともあれ、来てくれてありがとう!
 昨日の新聞に、家族会、救う会が来月4月24日に拉致被害者救出のための国民大集会・大行進をやるとあった。
 去年の4月30日も、同じく大集会・大行進が行なわれ、僕も1国民として参加した。荒岩宏奨君も、青いユニフォームを着て、ハンド・スピーカーをしょい、参加していた。
 何だかとても昔のような気もするし、つい最近の出来事のような気もする。
 この感覚は何だろうか。
 少しこの1年を振り返る。
 僕自身、拉致被害者救出を悲願とし、そして戦後ポツダム体制打倒を悲願とし、闘い抜いた自負もある。雄々しく生きた充実感もある。
 そう思うと、光陰は矢の如く過ぎた気がする。
 しかし拉致被害者救出は未だ達成されていない。去年の大集会で蓮池さんが「今こそ経済制裁を」といっていたが、この1年、経済制裁は発動されていない。
 そして北朝鮮利権=ゼネコン訪朝。YP体制はいよいよその姿を表わし出した。我が祖国日本の基である“天皇の思想”を、YPの桎梏から解放する、その必要性が今まさに求められている。
 自分の非力と同胞の涙、そして悪政の暴逆を思うと、むなしさと空虚さで胸が詰まる、重い、そして長い長い1年であった。
午後、最終弁論の弁論要旨が届く。
僕の当時の考えや行為の本質をきちんと踏まえたうえで、法律的弁論を展開してある。内容的に異論は全くない。本当にいい先生にめぐまれたものだ。
我が弁護人、森田先生、須見先生は、いわば僕の“戦友”である。
一生懸命、僕を分かろうとしてくれた。それはただ僕の話を聞いてくれたということではない。僕は自分の志と行為について語り、先生は先生の志と先生の立場から見た僕の行為の問題点を語り、お互い分かり合ったのである。
 ビジネス・ライクな人たちなら、こんなことは絶対にないだろう。
 僕と先生は、一緒になって闘った。タッグを組んで闘ったのだ。
 本当にこの国をよくするためには、今、何が求められているのか――2人で語り、闘った。刑事被告人と弁護というだけの関係ではない。“戦友”だ。
 この先生達と会った事も、僕の生涯忘れられぬことだ。
 素晴らしい出会いだ。
 素晴らしい戦友だ。
 何も悔いはない。
 この2人のためにも、早く出なきゃいけないと思う。
 夕方、パンフとして荒岩君の活動報告が入る。
 がんばっているな、と心打たれた。
 君は間違いなく、今、走り抜いている。
 君の放った火矢、君の未来に向け、全速力で走っている。
 疾風の如き熱情。
 そう。
 清秋の疾走。
 友よ未完の詩を愛せ――。

3/9 水曜日 晴れ 暖かし
 いい天気なり。空気も暖かい。
 昼前、藤本さん、中尾さん、桑原さんと面会。
 一生懸命務めてきなさい、とのこと。
 日共機関誌「月刊学習」を読む。
 マルクスもびっくり。
 そんな内容。
 てゆうか、こいつらって反革命なんじゃないの?
 『丸山眞男と平泉澄』を読んでいてハッと気づかされた事だが、丸山の「古層・執拗低音」というのは、一貫して1つの考えがあるというのではない。日本思想に1つの思想が一貫してあるということではなく、日本思想のいわば“思考パターン”のことである。
 主権者不問という思考パターン、全てをなし崩しにし、政治的姿勢をとれない、その思考パターン、精神風土が「古層・執拗低音」なのである。
 午後、荒岩くんより差し入れとお見舞金入る。
ありがとう。
 「赤き野火」2月分と一緒に、荒岩くんに手紙出す。
 春は出会いの季節であり、別れの季節だ。
 僕も、春が来れば、みなと別れることになる。
 自分で決めた事なんだ。
 ふと、虫の羽音が耳に入る。
 啓蟄を過ぎたら、本当に虫が出てきた。
 もう本当に春なんだ。

3/10 木曜日 曇り 暖かし
 本日、朝1番で運動なり。例の青年と会ったので話す。
 なかなか好青年なり。
 以前、決めていた“深い話”ではないが、少し夢について問うてみる。
 答えは、「服役中に考えたい。ともかく今は社会復帰だけ考えている」とのこと。
 うん、それでいいと思う。
 こんなところで気張っても仕方がない。1秒でも早く出る事が大事だ。
 しかし逆説のようだが、1秒でも早く出るためには、大きな夢を持ち、気張る事だ。
 そうでなければつぶれてしまう。
 第1、“獄中レヴェル”に自分がなってしまえば、社会に出ても通用せん。
 夢を見つけるという君の夢、早期の社会復帰と言う君の夢を、真剣に持ってもらいたい。真剣に道を求めて欲しい。
 重刑の道ゆく青年よ、負けるな。
 僕とここで会ったということは、何かの縁があったということ。
幸せになってほしい。
 僕は人の夢を聞くのが好きだ。
 宿命というものがあったとして、それを見据え、夢に向かって立ち向かうのが本当の生なんじゃないだろうか。
 いや、むしろ、宿命という巨大な不条理への反逆のパトスこそが夢であり、そこにリアルな生というエートスが生まれる。
 火矢を放つ。
 未来像が輝く。
 その光により、未来像へのけわしき道程もまた照らし出される。
 つまり未来像(夢)を対象化することにより、またけわしき道程(宿命)も対象化され、それにより対象へと進む我という主体性が生まれるのではないか。
 しかし“深い話”をするためには、自分も“深く”なければならん。
 今日はそのことを痛感する。
 会話が意識の交通であるならば、言葉は意識の未来態といえる。
 言葉イコール意識。
 言葉が“言霊”と呼ばれる由縁はここの辺りにあると思う。
 とするならば、こちらが深い意識(魂)を持っていなければ、深い意識(魂)の交換たる“深い会話”は成立しない。
 魂の共鳴たる出会いもないのだ。
 午後、中尾さん、藤元さんにお礼の手紙。
 その後、若島、大西の獄中維新コンビと荒岩君に秘密計画を提起する。
 来週辺りに、おもしろくなるぞ。
 東京大空襲の日なり。
 忘れてはいけない。

3/11 金曜日 曇り後雨 蒸し暑い感じ
 昨夜、夜中に目が覚め、あれこれ考えごとする。
 獄の夜は長い。
 三島『金閣寺』に思いを巡らす。
 ――空襲で炎に焼かれない金閣。
 ――昨日も金閣はある。
 ――今日も金閣はある。
 ――明日も金閣はある。
 だから「金閣を焼かねばならぬ」と。
 よく考えたら凄い。
 野村秋介『獄中日記』より。
 1つの対象に向かって走る時、一切を放下してその対象に向かって猛進する。“止まった時に美は死滅する”。裏返して言うなら猛進している中にこそ美は厳存する。輔君曰く、「汗まみれた昨年は美しかった」と。何でもそう、何でもそうだ。必死に走る、美は光芒を放つのだ。
 僕は止まった。
 美は死滅した。
 以前触れた日共の月刊「学習」について。
 そのなかの「綱領学習Q&A」というQ&A方式で綱領を学習するコーナーを少し見る。
 まずクエスチョンとして、「どうして日本は“アメリカいいなり”の政治がつづくのですか? 」とある。アンサーは「アメリカによる占領により日米安保など対米従属体制が作られたからである。また日本の支配層がアメリカに従属したなかで、力を復活・強化させてきた事も主な要因である」とある。
 基本的には賛成なのだが、その“日本の支配層”が対米従属を望んでいるということ、また同時に占領により主権を担うべき国民大衆の政治意識が失われたということ、この辺りまで踏み込んで欲しい。
 どうも雨ってのは人をセンチにさせる。みんなの顔が見たくなってしまう。
 みんなの顔が見たくなってしまう。
 けれどけして雨はキライじゃない。
 雨音を聞きながら、机に向かい、徒然なるまま日記を書く。
 ラジオからフォーク。片手にコーヒー。
 いいねえ。これでタバコがありゃ、文句ないんだけどなあ。
 夕食前、憂国清心同友会中島さん、草壁さんと面会。
 わざわざありがとうございます。
 まあ、がんばりなさい、とのこと。
 8年なんてあっというまだよ、と。
 草壁塾長は現役バリバリのヤクザである。しかもかなりの幹部だ。
 通称「川崎の国防委員長」なり。
 この人は“ヤクザ”の視点から民族派を見て、提言・批判するから、実に思わぬ発言をしたりと、とても刺激になる。“任侠右翼”といわれるが、僕はこの人にはいつまでも民族派に関わってもらいたい。
 そもそも民族派とは何か。
 森田忠明は「“愛国運動”である。もうこれしかない」といった。
 そうだとするならば“愛国”さえあれば何でもOKなのだ。
 いや、というよりも、“愛国“をキーとするゾルレンは民族派なのだ。
 それでいいじゃないか。
 心を大きく持とう。
 中村武彦は憂国誠和会の渡辺さんを「可愛らしいじゃないか」といった。
 まさにその通りだよ。
 腐敗・金権政治の象徴に20代の青年が体をかけてぶつかったんだ。
 全青春をかけて悪政を撃ったんだ。
 可愛らしいよ。イジらしいよ。
 その赤心に涙が出てくると。
 中村先生の気持ちはよくわかる。
 僕はそれと全く同じ感情を、“任侠右翼”に持つ。
 渡辺さんの発砲という行為、“任侠右翼”のグレー・ゾーンなど、問題はある。  でも可愛いじゃないですか。
 かばってやりたいじゃないですか。
 僕はそう思う。
 中島みゆきの「時代」はいい曲だ。

3/12 土曜日 曇り 蒸し暑い
 どんよりとした1日。
 こういう曇った日に、意味もなく街をブラつくのが好き。
 雨の日のデパートとかも何故か好き。
 さて、昨日の面会を振り返る。
 中島国防委員長曰く「つい最近、18年務めたやつが帰ってきた。ピンピンしてるよ。だから8年なんて心配する事はない」と。
 なんだか、元気が出る。
 そういえばちょうど去年の今頃、川崎で清和塾のみなさんとお花見したっけ。
 あれからもう1年。
 この1年を一言で言うと・・・?
 考えてみよう。
 渡邉臥龍より手紙届く。
 「お前は俺のいいたいことを何もわかっていないようだな」とある。
 そうだよ。何も分からんよ。
 だから必死に闘っている。道を求めている。暗中に火をともそうと必死なんだよ。
 まあ、いい。臥龍兄のいうことだ。真剣に向きあってみよう。
 午後、『世界史の哲学』入る。思い出の1冊なり。元気にしてるかな?
 午後便で母から手紙届く。「外務省宛の手紙、がんちゃんに送りました」とある。
 違うよ、おい。それじゃないって!
 さて明後日は運動の日なり。例の青年と会えるかな?
 少しでも“ここ”レヴェルでない会話が出来れば、幸いなり。
 しかしどうしても公判がどうの、仮釈がどうの、分類考査がどうの、という話になってしまう。
 何の意味もない会話だ。
 俺は凡人だ。小者だ。
 そんなことはよくわかっている。
 だがここは人間を人間として扱わない場所。人間以下なんだ。
 凡人は凡人以下となる。
 何とか己を人間レヴェル、凡人レヴェルに保つ。
 それぐらいは出来るはずだ。

3/13 日曜日 晴れ時々曇り 寒風強し
 監獄人権センター、日弁連、そして法務省への手紙の下書き。
 法務省へは刑事・矯正施設で使用される食品の国産化と北のアサリの不買について問う。一荒くるか?
 戦後ポツダムという、醜く膨れ上がった“虚体”のドテッ腹を、俺はブチ破りたい。風穴をあけてやる。
 野村さんの『獄中日記』を再び読み始めている。
 「日記を通し自己をみがく」とまではいかないが、我が東拘日記「赤き野火」は、俺のかけがえのないライフ・ワークだ。
 ところで、唐突で、突拍子もないことで申し訳ないが、古代の芸術や宗教を見ると、“生殖”というものは凄く尊く、美しいものとして描かれ、あつかわれている。
 考えてみればこれほど尊く、美しく、神秘的なものはない。尊く、美しいものだから、当然、生殖は人間の中心事だと思う。
 とするなら、人間の為す何事においても生殖というものが核としてあると思う。
 そしてもっというと、生殖というものを媒介に認識をするのだと思う。
 『豊饒の海』第3巻「暁の寺」で本多が“ノゾキ”をするシーンがある。
 これは、認識、観察、客体、第3者という意味内容を持っていると考えられるが、生殖能力の最後、老い、というような意味でとらえられないか?
 松枝清顕、飯沼勲、ジン・ジャン、安永透といった若き生殖能力は輝かしく躍動し(生殖をする)、しかし本多繁邦といった老いた生殖能力は輝くことなく(生殖をすることなく)、人の生殖に頼る(ノゾキをする)ゆえ、子孫を残すことなく、またリンネもしない。
 よくわからんが、以上のようにとらえることは出来ないか?
 とした時、俺自身を生殖を媒介にとらえてみる。さしずめこの日記とは何ぞや。  大原先生は野村の日記をば「生存の証明」といった。
 なるほど日記とは「生存の証明」だとして、生存の証明と生殖の関係性は?
 う〜ん、ちょっと気でもおかしくなってきたかな、俺。

3/14 月曜日 ホワイト・デー 晴れ 寒し
ホワイト・デーなり。お返しは8年後に100倍返します。
 さて、今日、兄が面会に来てくれた。「元気そうでよかった」とのこと。
 みんな、そういう。心配してくれる気持ちは大変ありがたいが、それって結構傷つくのよね。俺はそんなにモロイ人間だとおもわれているのか、と。
 元気に決まってんじゃん!
やらなきゃいけないことをやっただけなんだから。
 だが面会に来てくれる事には多謝なり。
 判決公判にも来てくれるとの事。
 ありがたし。
 理性を媒介に「デモクラシー」、あるいは「皇国の理念」を認識する事による、論理的、責任的、政治的“主体”の形成が丸山と平泉の課題であったとするならば、この獄中は、全くそれとは180度異なる世界なり。
 何しろ理性を媒介に物事を認識させない。すなわち、「規則は規則だ」「そういう規則だから守れ」。
 そんなことでどうして“主体”が形成されよう。丸山いわく「御上の御政道」ではないが、主体はどうしたって官で、我々は客体でしかない。
 しかし人間の心は自由で、また積極的であるから、主体たらんとする。そもそも人間は自主的で自立的である。獄の規則だって、その是非ぐらい、自分なりに判断できる。しかし現実の“主体”は、我々“客体”にそれを認めさせない。ここにトラブルの原因があるのだ。
 人間は、自主的で自立的で、自由な存在であるはずだ。
 夜、若島さん、大西さんより電報届く。
 刑事・矯正施設での北鮮産アサリの不買、原産地確認運動の共闘なり。
 獄中維新者同盟。
 塀の中の維新な奴ら、なり。
 ともかくガンガンゆさぶってやるつもり。
 大西さんは、「小菅ヒルズはどうです?」と。若島さんからの電報には、平野国臣の
 我が胸の燃ゆる思ひにくらぶれば煙は薄桜島山
の歌がそえられていた。
 多謝。外の連中も巻き込んで1発ドカンと。ふふふ。

3/15 火曜日 晴れ 寒し
 午前、お風呂。
 風呂上り、例の青年とあいさつを交わす。ニコニコ手を振ってくれる。いい奴なり。
 その後、面会。菅野さんと。いろいろ話す。
 “抜け殻”についても話す。
 怒られるかなとも思ったが、「仕方ないよ」っていってくれた。支援集会の件も動き出しているとのこと。早くでなきゃな――。
 本日、法務省へ質問状。
 例の件のこと。ドカン、とね。
午後、荒岩宏奨より手紙届く。
 2・26について書いてあったのが心に残った。
 野火赤く人渾身の悩みあり――とは、我が悩みだけの地平ではない。
 我以外の、彼の、他の、悩みなり。そこに三上卓は涙を持った。それが“大悲”へつながる。
 “我が”悩みで終結せず、彼の、他の、悩みに心を持つような、彼の、他の、涙に涙を持つような者にならなければいかん。
 仲村之菊さんからの手紙についてもそうだ。君を信じる。いや、君を信じたい。OK?
 夜。大西、若島へ電報。
 壁の中で「右向けー、右!」なり。

3/16 水曜日 晴れ 暖かし
 実に暖かい一日。運動では少し汗ばむぐらい。いい日なり。そういえば今日運動にあいつ出てきてなかったな。どうしたんだろう。
 午後、防共の福田主幹と面会。
 4月17日(日)に集会があるとのこと。その他いろいろ話す。わざわざありがとうございます。
 渡邊臥龍さんより本が入る。これを読まんかい、ということらしい。  夕方の点検の時、遠くグランドの方から「イッチ、ニッ、イッチ、ニッ」というかけ声が聞こえる。
 懲役さんたちのかけ声だろう。
 夕方にこのかけ声を聞くと、心が休まる。
僕は田舎の民宿で生まれ育った。夏になると大学生のテニス部などが合宿に来る。そういった関係で、イッチ、ニッのかけ声はいつも聞いていた。夏の夕方、1日のトレーニングを終え、最後のランニングでのかけ声。イッチ、ニッ、イッチ、ニッ。
これを聞くと、「そろそろ夕ご飯だ」となる。本当になつかしいし、心が休まる感じがする。魂のふるさとを、東拘で見つけたのだ。
毎日、国防委員長よりお菓子の差入れがある。経済制裁されたらかなわんぜ。

3/17 木曜日 曇り 寒し
 昼前、面会。
 A木先輩(ウッチー)、K津君に松っつあん。松っつあん。結婚していた。子供もいるとのこと。驚く。みな一生懸命生きている。何だかエネルギーをわけてもらった感じ。ありがたし。だけどちょっとウッチー元気なかったな。まあ、いろいろ考えるところあるんだろう。
 K津にもいったことだけど、マジで不安や心配はなくなってきた。明鏡止水とか、そんな偉そうなことじゃない。かかってこいや!と思うわけ。
8年?上等じゃん。
俺には譲れない思いがある。
信念がある。
支えてくれる人がいる。
心配してくれる人がいる。
友がいる。それだけで充分なの。
 つらいのはよくわかる。きびしい生活が待っているんだろう。それは野村の獄中日記を読めばよくわかる。野村自身が何といおうと、どんなに強がろうと、千葉での12年は地獄だったろう。
 しかしその12年をとったら、何が残る。経団連も朝日も原点は千葉だ。
 忘れたい、捨て去りたい時間だが、絶対に忘れられぬ、捨てられぬ時間。
 僕もそうしなければならない。
 地獄をいかに自分のものにするか。
 きれいさっぱり捨てられる8年ではなく、絶対に捨てられない、これからの全ての原点となる8年にする。
 8年という時間に己を刻みつける。
 三浦和義(ロス事件)よりアンケートが届く。拘置所の処遇のアンケート。
 精神と世界の接触点が肉体である。
 ならば、死とは、肉体を媒介としない世界との接触の可能性といえるのではないか。
 臨死体験での、上空から自分を見るという状況など、まさしく肉体を介さない精神と世界の接触点といえる。
 神とは、もしかしたら肉体を媒介としない世界と接触する精神のことではないか?
 『ヨブ記』に触れてからというもの、改めて“神”について考えている。
 …なんざ1歩間違えりゃオウムだしな。
 空の神兵さん明日面会とのことだが、明日はダメなんです。
 申し訳ない。
 また今度、ぜひお願いします。

3/18 金曜日 晴のち曇り 暖かし
 風が凄い温かい。春を感じる。
 朝早く、会長、本部長の面会あり。「ご苦労様」とのこと。
 お騒がせしました。
 しかしやらねばならぬことだったんです。
 午後、父母より手紙届く。
 言葉の行き違いから来る誤解でだいぶ参ってるみたい。
 ごめんなさい。
 少し休んでください。
 それがいい悪いじゃなく、わからぬ人には、逆立ちしても分からぬ世界に生き、そういう信念を持っているんだと、真実思う。
 我が父母は、そのわからぬことを一生懸命わかろうとしてくれ、わからぬ己が子の心をつとめてわかろうとしてくれた。
 それだけで充分だ。
 本当に感謝である。
 わかってくれる人もいるし、わかってくれない人もいる。人に何かを期待したところで、かえってくるのは絶望だけです――野村秋介のこの言葉は、しかし字面だけを見てはならぬ。
 1歩進めて考えよ。
 すなわち、わかろうとしてくれる人への最大限の敬意と感謝だ。
 ありがとう。
 休んでくれ。
 理事長からも手紙が届く。
 理事長の人柄がよくわかるので、一節少し抜書きする。
 「…私が懲役をつとめていた時に毎日の新聞を読んでいて、政治の上に経済があるとでも思っていたのか、国益を無視した財界の利益を優先とした貿易などに憤りを感じていた時に、野村秋介先生たちの経団連事件が起こされました。そのニュースを見た時喝采を送ると共に参加できなかった自分を腹立たしく思いました。」
 やはりこの人は本物だと思う。
 “古びし骸”こと菅野さんからも温かい言葉をいただく。
 菅野さんは面会で、
 「ガマンしろ。どんなにイヤなことをされても、イヤな相手でも、その相手のいいところを見つけ、尊敬することだ」
といった。
 凄い事だ。なかなか出来る事じゃない。
 しかし考えてみると、僕はいろんな人を尊敬している。
 僕の周りにいる人たちは、みないいところがあり、凄い人たちだ。
 自分にはとても出来ない立派な生き方をしている。
 そこに驚きを持ち、愛おしさを持つ。
 こんなに凄い人は、自分より幸せであって欲しい、生き続けて欲しい、そう思う。
 そういう意味でいえば、尊敬とは存在への限りない愛かもしれない。
 夕方、荒岩君へ手紙を書くが、ピンと来ないので途中でヤメる。
 8年後、君はどうなっていますか?
 世間は島根県の「竹島の日」条例でモメている。
 くだらぬくだらぬ。
 誰も問題の本質をわかっちゃいない。

3/19 土曜日 晴れ寒し
 父母の事で気の重たい1日。
 どんなに言葉を重ねても、最後は自分で気づくしかない。
 答えは自分で見つけるもの。自分できづくもの。
 今こそあなた達の試練だ。
 しっかりと考え、答えを見つけ、道に気づき、歩んで欲しい。
 どうも気が重い。荒岩君へ手紙を書くが上手くいかなくて結局ヤメる。
 留置で一緒だった幸平のヤクザさんいわく、
「パクられた瞬間、時間がとまる」
ということだが、しかしそうであってはいかん。確かに時間は止まる。俺はやはり未だ11月1日だ。
 だが俺はそれに抗っているんだ。そうであってはいかんと思っているから。
 もう平成17年3月19日だ。今、出来る事、やらなければならぬことがあるんだ。父母にもそれをわかってもらいたい。
 本当は時間は止まっていない。
 時は間違いなく流れ、日々刻々と新たな情勢が構築され、新たな局面が展開している。
 その状況下でいかに志を高く持ち、悲願に生きるか。
 何故わからないんだろう。
 何故物事の本質を見ることができないんだ。
 あなたたちの渾身の悩みは一体何だ。
 もし自分が、満身に悪罵を浴びる時でも、至誠の権化ともいふべき大西郷でさへ、薩摩の大奸と呼ばれた事を思へば、誠意の泉に掬むこと遥かに翁に及ばぬ者が、何と言はれても腹を立てる資格はないと反省して、私が憤怒の炎をしづめる。
 大川周明の言葉。
 わかるか?
 わからないだろう。
 仕方がないのかもしれない。
 所詮人はみな一人。
 出所したら誰もいないところに行こう。
 そこで静かに祖国の行方を憂え、案じ、祈る。そして死のう。
 臥龍氏の本を読み進める。
 リンネとは死後にあるのではない。
 六道はこの世にある。
 この世の中に六道はあるのだ。
 いわばこの生にリンネはある。
 ライス来日で誰も食品、食料自給率の事に触れない。
 我が国食文化を守り、民族自主独立を勝ちとれ。
 吉牛カルチャーがいかに我が国を荒廃させているか。

3/20 日曜日 春分の日 晴れのち曇り 寒し
 お彼岸とて、ボタモチが出る。なかなか美味なり。
 理事長へ手紙の返信書く。字がへたって本当にソンだ。
 今日は地下鉄サリン事件より10年目の日とのこと。僕は当時小学生であり、したがってオウム世代ではない。ちょうど僕の一番上の兄の世代かそれとももう少し上の世代が、オウム世代だ。
 何故高い学歴を持つインテリの大学生達が続々とオウムに入り、オウム世代を形成したのか、その病理の解説は小林よしのりの「ゴー宣」でやっていたのが一番わかりよい。
 いわゆる「純粋まっすぐ正義くん」の病理だ。
 80年代の時代状況における社会的・精神的疎外感を持つ若者=純粋まっすぐ正義くんにとって、オウムほど“ヤベェ”存在はなかった。
 けれどもけしてこれは、そういったジェネレーションの問題ではない。そもそも宗教の本質は狂気であって、疎外されたものをひきつける。
 現世界では疎外されたものにとって、己を祝福してくれる別世界を提示してくれる宗教ほど魅力的なものはない。
 しかもそれが異常であればあるほど己を疎外するこの社会との対立項として、いよいよ魅力が高まるわけだ。
 オウムの問題とは宗教の問題であって、宗教とは人間精神の本質的問題であり、その人間が営む社会の本質的問題なのだ。
 國學院大學から200メートルぐらい歩くと、オウムの青山総本部が入ってたビルがある。ここでも我が同志達が“男”になった。街宣車で突入寸前にパクられた小針支部長。
 上祐逮捕当日、総本部前で拳銃を乱射した憂国誠和会の隊士。やっぱ右翼だよなぁ。
 とまれ、もう少し宗教の話。
 「共産党が物質的に疎外された者を組織したならば、創価学会は精神的疎外、精神的貧者を組織した」とは三島の言葉だったと思うが、これは全くその通りであって、宗教の本質を言い当てている。
 こんなクソッたれな社会なんて、と思う我々に、宗教はたくみに“メニュー”を見せてくる。勿論このメニューには、クソッたれのこの社会を破滅させる、我々を祝福してくれる別世界が掲示されている。
 それを注文したら最後、もう戻れない。もう別世界の住人なのだ。
 俺も入ろうかな?

3/21 月曜日 快晴 風冷たし
 春らしい天気。
 今度地裁に行く頃には、途中で通る銀座の街並みもまるっきり変わっていて、春の街になっているのだろう。
 「冬の中に春の備えあり」とは、徒然草か? とするなら、東拘のなかに川越の備えがあって、川越にはもうシャバの用意がある。
 いづれにせよ5年。
 求刑通りの判決だったとしても、つとめは実質5年。5年で出てくる。この5年で俺の全てが決まる。
 イラク開戦より2年。
 民族の自主独立の主体について考える。
 アメリカのイラク攻撃は反対だが、フセイン・バース党にも俺は反対だ。
 お互い民族独立の敵だ。
 では真の民族独立の主体は難だ?
 吉本隆明の“大衆”ではないが、結局それって誰の事?という話になる。

3/22 火曜日 曇り 寒し
 父母面会。
 わりかし普通で、ほっとする。
 結局、わかりあおうとしても、アクリルの板があり、立会人がいる状況で、本当にお互い分かりあうことは出来ない。今でさえそうなんだ。刑務所落ちたら、なおさらであろう。
 お互いわかりあえるのは出所してから。
 ならば出所のその日まで、お互いがお互いを信じるしかない。
 そしていい方向に考えるしかない。よくとらえるしかない。大丈夫なんだと信じる事。それが大事だと思う。
 その後、お風呂。ヤツとあいさつ交わす。面白い奴だ。
4月15日(金)に証人として出廷決まる。参った、その日まで東拘にいるなんて。さっさとつとめちゃいたいよ。まあ、面会や手紙が多く出来るだけいいか。天に全てをまかせるしかない。
 一石を投ずる。投じられた一石は必ず沈む。それでいいんだ。

3/23 水曜日 曇りのち雨 蒸し暑い感じ
 朝1番で運動。あいつ出てこなかった。よーわからん奴。…
 午後、手紙多数届く。
 なかでも一水会横山さん、兵庫介さんことHさんからの手紙に心打たれる。  横山さんへ手紙した「情と理」のこと、そのままHさんの手紙にあてはまるのではないか。
 理には情の裏付けがあり、情には理として現れよう。
 くさった理の世界で、くさった理を振りかざしている奴は、くさった情しか持っていない。兵庫介さんは「論理じゃなく…」といったが、全くそうである。というよりも僕なりに言えば、くさった論理が嫌いと言う事。
 何故ならくさった論理はくさった情の腐臭がプンプンしているからだ。Hさんも同じ思いを共有してくださっていると思う。
 ともかく嬉しかった。
 横山さんは、逮捕後のボロボロの心境での当時の句を書きそえて下さった。
  春の雪 とどかぬ想ひ 宙を舞ふ
 人は皆、宙を舞うとどかぬ想いのなかにある。
 悲しい。
 苦しい。
 つらい。
 しかしだからこそ「想いを届けるんだ」という信念がわく。だからこそ想いを届けるために闘う。必死で生きる。
 野村秋介「いま君に牙はあるか」――牙、闘い、それは悲しみに裏付けられている。
 悲しいから、つらいから、思いが届かないから、だから人は闘うんだ。想いを届けるんだ。
 いま君に牙はあるか。
 そう。
 いま君に涙はあるか。
 俺の周りに生きる人は、みな涙ある人ばかりだ。横山さんもHさんも。俺もそうありたい――。
 判決まで一週間を切る。いよいよだ。

3/24 木曜日 曇りのち晴れ 寒し
 どんよりイヤな天気。だが午後から晴れ。最近は一時期に比べ夜ぐっすり眠れていたのだが、ここのところまた夜中に目を覚ますようになった。
 2〜3時間、あれこれ考えてしまう。
 昨日はHさんの手紙に衝撃を受けたのか、ずっとそのことを考えていた。
 「尊皇の熱い血潮」――全くそうだ、それ以外に何があろう。
 情と理でいうならば、日本主義、民族主義の理のその全ての基は尊皇の熱い血潮という情だ。
 その情がなければ何の話にもならない。
 三島さんは、その死の直前、こういうことを言った
「僕は20歳で徴兵された時、“天皇陛下万歳”という遺書を書いた。書いちゃったんだから仕方ない。僕は天皇陛下万歳なんだ。僕はあの遺書は今でも有効だと思っている」
 僕もそうだ。
 Hさんの手紙ではないけれども、勤労奉仕における御拝謁の時、そして奉仕が終わった時、不思議に涙が出てきた。
 涙がでてきちゃったんだから仕方がない。僕は天皇陛下万歳であり、神州の真姿顕現なんだ。
 昼前、関戸さん、岡田さんと面会。
 関戸さん、「ルネッサンス」の我が日記を読んだとのこと。僕も読みたい。がんちゃん、送ってよ。
その後、当局より呼び出し。
人間は他人を対象化する中で自己を対象化するのではないだろうか。
Hさんの手紙を読み、Hさんのことを考えながら、自分自身について考える。この人に比べ俺はどうなんだ。おれは全然ダメじゃないか。――1日中そんなことを考えていた。
ユリとカーネーションが綺麗に咲いている。

3/25 金曜日 晴れ 風冷たし
 昼前、腰の診察とて、北舎へ。初めて行ったが、重厚な、何だか“明治”な雰囲気。
 1週間くらいなら住んでもいいな。
 午後、両親と荒岩さんへ手紙書く。
 その後、お風呂。
 本日も、会長、中島委員長よりたくさんの差入れをいただく。
 また「レコン」に横山さんの肉体言語のことが載ってた。
 夕方、我がサイトの“渋ねら”ことYさんが面会に来て下さる。
 古びし骸さんのアドバイスどおり、会話を途切らせないように一生懸命しゃべる。
 しかし本当にみなさんにご心配をおかけした。同時にみなさん本当に私のことを気にかけてくださる。こんなありがたいことはない。
 そういった心の人に触れる事が出来た事は、私がこの行為を通じて得た意義あることの1つだ。
 ありがとうございます。
 さて、埴谷雄高が豊玉刑務所でカントを読み衝撃を受けた話を吉田さんがしてくれた。
 まことの獄中というところでは感性が鋭ぎすまされる場所であって、さらに自己と向き合う場所。そういった鋭ぎすまされた感性で自己と向き合い、実存に迫っている時、パッと先哲の英知に触れると、電流が流れてしまう。1条の光明が指すってわけだ。
 しかしそれが“モンモノ”かどうかわからん。
 獄で水盃などやる人もいるが、そんなの価値あるものか?
 自由のない状況下で感性が鋭ぎすまされるのはむしろ当たり前であろう。そういった時に先哲の英知に触れビビビッと来るのは凡庸でさえある。
 そうではなく、溢れるばかりの自由と物質に包囲された“社会”において心を磨く方が難しい。
 とするなら、外で必死に求道している仲間達の方がよほど立派だ。
 盃もそう。
 視野が狭く、閉鎖的な獄中ではなく、解放した人間関係においてあるシャバでこそ、出会いと交流の意義があり、盃の重みがあるはずだ。
 とにかく俺はまだまだだということ。
 こんな獄で悟ったような気になってちゃいかん。
 必死で学ぶ。

3/26 土曜日 晴れ 肌寒し
 森田正馬『神経質の本態と療法』なる本を読む。
 森田療法創始者である著者が、神経症の根本的原因をそれに対する療法を記したもの。
 戦前に書かれたもので、しかも学術論文であるから、大変読みづらいが、実に興味深い内容。
 強迫観念など神経症は、「ヒポコンドリー性」と「精神交互作用」によって起こる。ヒポコンドリー性とは、「私は病気かな?」という“心配”。
 精神交互作用とは、“感覚”と“注意”。すなわち、痛みという感覚が起きた時、「大丈夫かな?」と注意し過ぎて余計痛みが増す事があるが、その“感覚”と“注意”の混交の作用である。
 ヒポコンドリー性の強い人は、例えば寝不足で頭が重いのを心配しすぎてしまう。心配しすぎてしまうから精神交互作用が働き、余計頭が重くなってしまう。こうして症状はどんどん悪くなる。
 これが行き過ぎると、本当は全く頭は痛くないのに、頭痛を訴えたりする。  ヒポコンドリー性と精神交互作用から来る“幻覚”が、精神症の原因なのだ。  神経症、精神病にかかっている人は、勿論この様な病気の原因はわからない。わからないから悩み始め、また自分は何故こんな不幸なんだと考えてしまい、だんだん孤独感を強め、社会から隔絶してゆく。
 我々もまた詳しく知らないから、神経症、精神病に誤解を持ってしまう。
 どうしてもここにミゾが生まれる。
 何のことはない、原因は心のバランスの崩れであり、きちんと専門家に診てもらえば回復することなのだ。
 知らないと、勝手にあれこれ考えてしまうのが人間だ。
 政治の話、思想の話もそうだ。
 歴史の真実をしっかり知っていれば――。
 まずは知ること。これが大事だ。
 お昼、ビーフ・シチューが出る。
 男たるものあまり食い物のことをあれこれいいたくはないが、若干食い物のことを――。
 僕はぜいたくしようとか高級なものを食べようとか全然思わないが、豊かな食生活を送りたいと思っている。
 我が国の食文化に根付いた料理。安全・安心な食品。季節を感じる新鮮な食事。  食べ物というのは人間にとってかかせない栄養であり刺激である。
 季節を感じさせない、微妙な味覚もない冷凍食品やファースト・フードばかり食べていれば、脳に栄養が行かず、体も刺激されないから、感性が鈍磨してバカになる。
 三島が「アメリカ人は冷凍食品ばかり食べているから空疎な会話しか出来ない」なんていってたと思うが、それは全くそうだ。
 アメリカ産のわけのわからぬ牛肉を使った牛丼が食べれないと、多くの若者が残念がっている。
 バカじゃないのか?
 食うなよ、あんなもの。
 外人は肉ばかり食べているから体臭がキツイ。
 しかし戦後日本人もたくさんお肉を食べ始め、アメリカ人のような食生活をしているから、だんだんと体臭がキツくなっているそうだ。
 考えれば考えるほど、俺はこの戦後日本というものに違和感を持つ。
 ぶっ壊してやりたい。
 だが菅野さんではないが、そのためには建設だ。しかし何をどう建設するのか。
 それはまごころだ。
 日本人としてのまごころをみな持つこと。心に打ちたてること。これしかない。ではまごころとは。それは祈りだ。そして祈りとは、陛下の大御心に他ならない。
 ひたすら祈ること。
 世界中の同胞の平和と幸福を祈り続けること。
   民族の本ついのちのふるさとへ
      はやはやかへれ戦後日本よ

 3/27 日曜日 晴れ 暖かし
 判決公判に備え、体調を整える。
 特に、最近食べてばかりいたので、少し食事の量を調整し、体を軽くする。
 7年。
 判決自体は7年と踏んでいる。YP体制の事も拉致犯罪のことも北朝鮮利権のことも触れられず、ただ、「大成建設に対し憤慨し、本件を敢行した」などといわれるのだろう。
 目に見えているよ。
 しかしそれでいい。
 分かってくれる人がいる。
 分かろうとしてくれる人がいる。
 それで充分だ。
 いわゆる法廷闘争など事後闘争は一切やっていない。組織活動からも一旦身を引き、後半では自分の主張は述べず文章で出すことにより争点となるのを避け、反省の弁と日本浪漫派のことだけをしゃべった。仕方あるまい。
 俺は1人であって、しかし1人でない。父母に泣かれては、ああするしかなかった。
 だが父母はそこに救いはないという事を分かっていない。
 いや、むしろ、父母の望む道こそ茨の道だ。
 そりゃ、1年、2年は早く出れる可能性はある。だがそれ以上の傷を、俺は負う。まるでわかっていない。
 でも、いいんだ。
 親とは愛すべきバカヤローだ。何も分かっちゃいないが、一生懸命分かろうとしてくれている。待っててください。
早く出てきますよ――。
午後、純ちゃんと荒岩君へ手紙書く。
Hさんは「お礼、返信などはいらない」というが、そうもいかん。
とりあえず荒岩君へお礼の伝言頼む。
しかし俺なんてまるで小者で凡人で俗な男だからね。
だから真剣に己の思いに生きている人と向き合うことが出来ない。
そういう人はあまりに美しく何の曇もなく光っているから、小者で凡人で俗な俺には、まぶしくて直視出来ない。
そしてその人の光に、俺自身のやましさやいやらしさがありありと照らし出され、自己嫌悪に陥る。
偉そうに影山先生の辞世の歌など声明に引用したが、俺なぞ影山先生の足許に及ばないほどダメ男だ、インチキ男だ。
影山先生だけじゃない、Hさんにだって、荒岩君にだって及ばないよ。
皆さんに申し訳ない。
でも、小者は小者なりの信念がある。
あるんだから仕方がない。
俺は俺の道をゆくしかないだろう。

3/28 月曜日 雨 寒し
 寒い1日であった。
 明日は晴れるらしいが、何とも滅入ってしまう。
 朝1番で床屋。
 グッド・タイミング。
 しかしカリメロみたいになってしまった。
 まあ、それもいいか。
 その後、理事長、本部長、秋元さんと面会。
 理事長
「遅くなって悪かったな。元気でやっていたか」
 との言葉。
 何かもう本当にすっきりした。
 この東拘生活、そして公判は、行為から調べに引き続く俺の闘いであり、戦場であった。
 東拘に移された時、俺は「俺の第2の闘いが始まった」と記した。
 明日、その闘いが終わる。
だが、終わったその瞬間、第3の闘いが始まる。そして俺はその戦場へ征くのだ。
 勝利も敗北も、そこにはない。
 勝敗は、第3の戦いが終わり、そして始まる第4の闘いにある。
 勝利も敗北も分からないまま、第4の闘いは始まり、そして全てがそこで決まる。
 そこで勝つために、いかに今、俺がいるこの戦場で、そして来たるべき戦場で、闘いで、己を磨くか、強くなるか。
 俺の今に、そしてこれからに、全てがかかっている。
 そうだ。
 祖國の全てがかかっているのだ。
 ありがとう。
 そして、さようなら。
 俺は明日、新たな1歩を踏み出す。

 俺は闘うぞ!  俺は負けないぞ!

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